#_goのものづくり

栃尾の遠景

消えゆく繊維産地で、 今を編む

古くからの繊維産地「栃尾」

新潟県中央部。 福島県との境の山間地に” 栃尾” と呼ばれる盆地があります。
四方を山に囲まれ、 2m 近い積雪があるこの地域には、 古くから繊維を扱う技術がありました。
夏に棚田で稲作をし、 冬は雪に埋まった家の中で蚕を飼い、 絹糸を作って織物にする。春になって峠の雪が溶けると、 馬に絹織物を積んで里に売りに行く。
ずっと昔から、 そんな生活があった土地でした。

栃尾の遠景

そんな絹糸を扱う技術を伝えていた栃尾は、 戦後大きな転換点を迎えます。アメリカから合成繊維(ナイロン)が入ってきたのです。
この繊維は長繊維と呼ばれる形状をしており、 綿やウールなどの短繊維とは違い、 加工時に繊細な扱いが必要でした。
天然で唯一の長繊維である絹糸を扱う技術を持つ栃尾では、 早い時期から合成繊維の織物工業が始まりました。

廃工場写真1

現在の日本の主力輸出品は自動車ですが、 当時は織物を中心とする繊維製品でした。
栃尾は一早い繊維の工業化と輸出奨励施策により爆発的な経済成長をしました。 俗に「がちゃまん」 と呼ばれる狂乱の時期です。
狭い山間地域に大小の町工場が次々とでき、 男女を問わず若い職工が周辺地域から流れ込んで、 「機屋の旦那さまには、 銀行が金を借りにくる」 と言われたほどの隆盛を迎えました。

この繁栄は2 度のオイルショックと繊維製品の自由化により急激に終わります。
原油価格の上昇によって国際競争力を失い、 輸入関税の引き下げにより安い繊維製品が大量に入ってきて、 国内での仕事が激減しました。
結果、 栃尾の繊維産業は崩壊しました。

廃工場写真2

現在の栃尾は、 錆びて朽ちたボイラー塔や立ち入り禁止の廃工場、 蔦のはった集合住宅跡などが目立つ過疎の地域です。
繊維に関わる会社はかつての5% にも満たず、 いくつもあった染工所はすべて廃業し、 いまは少数の技術者が小さな町工場を営む程度です。
_go はその栃尾で生まれました。

_go を技術者が持っている映像

おそらく次の世代がこの土地で繊維業を営むことはないでしょう。
_go の開発チームは、 栃尾の繊維業最後の世代です。そして…いまだから作れるものがあります。

素材からつくる。 分業を破る。

糸の絵

_go は古くて新しい栃尾ならではの技術で作られています。
絹にはじまった栃尾産地の技術は、 いま特殊なストレッチ素材に結実しています。特徴の全く違う化学繊維の複合化が、 独特の伸びを生むのです。

編機械の絵

さらに最新のニット編成技術ホールガーメントは、 すべてをつながった一本の糸で編みあげること可能にします。
高度なソフトウェアによりIT 化された最新の編立機械で作られるその編み地は、ストレッチ素材を相まって、 360 度どの方向にもシームレスに伸びるプロダクトを生み出しました。

蒸気の絵

_go には伝統と最新がとてもシンプルに詰まっています。
また同時に栃尾産地が経験したことからの学びが込められています。
それは「栃尾産地はなぜ崩壊したのか?なにをすべきだったのか?」 に対する答えです。

港屋染め工場

製造工程は大量生産を進める中で必ず分業化します。
繊維においては、 紡績、 撚糸、 染色、 織布、 加工、 縫製という工程があり、 それらはすべてに専門の技術者がいます。
たくさんの製品を作るために得意なことのみに集中し、 流れ作業で高いレベルの品質を維持する。
それが工業化ですが、 そこに落とし穴があります。

港屋染め工場

分業化された各工程の技術者は、 商品の全体像を知りません。
染工所の職工は指示書のとおり染料を混ぜ、 人間の目ではわからない精度で色を出しますが、 それが何になるかを知りません。
編立工場のニッターは要望された図柄を元に、 ニットCAD と編機で傷ひとつない緻密な柄を編みますが、 それをどんな人が着るのか知りません。
分業化は技術者の想像力を奪い、 ただの作業者にしてしまうのです。

ファッションアパレル

栃尾にオイルショックと繊維の自由化の波がきた時、 栃尾の技術者は画期的な新しい商品を作るべきでした。
既成の概念にとらわれず、 まったく新しいユーザーに向けて、 一つのチームとなって挑むチャンスでしたが、 分業がそれを阻んだのです。

元々、技術自体には定められた用途はありません。
主にファッションアパレル製品に使われてきた繊維技術は、 他の分野に使っても良いのです。
そこに次の時代への突破口があります。

モノを包んでいる_go

_go は広く製造工程をカバーする一人の技術者によって設計されています。
このプロダクトは通常のアパレル製品ではなく、 繊維の全く新しい用途を想定しています。分業を破るため、 新商品をつくるため、 たった一人の技術者ができること。
それが_go に込められた栃尾の記憶です。

そしてその分業を破るという考え方は、 製造工程だけでなく、 作り手と使い手の境も壊していきます。
ユーザーといっしょに新しい用途を開発すること。 それを続けていくこと。
_go はこのような背景を持っているプロダクトブランドです。